「好きこそものの上手なれ」は本当?』の記事に引き続き、

「好き」について書こうと思います。

 

 

今回のテーマは「まやかしの好き」です。

 

「好き」と言っていても、

実は本来の自分の意志とは別のものによってそう思わされてる場合があるんです。

 

例えば、

 

「地声で高い声で歌うのが好き。だから高い声をもっと出せるようになりたい」

 

というケース。

 

 

その裏側(根底)にあるものが、

 

・高い声で歌った方がすごいと思ってもらえる

・歌を歌う人間として高い声を出せるようにしなくてはいけない

・キーを下げて歌うのは負けだ

 

などという気持ちが隠れていることがあります。

 

これらは全て「自分が本当に好きなこと(したいこと)」ではなく

「他人軸」なんです。

 

 

・高い声を出して「他人から」すごいと思ってもらいたい

…ということは、「高い声を出したい」のではなく、「人からすごいと思ってもらいたい」んですよね。

 

・高い声を出せるようにしなくてはいけないと「他人が」言っていた

…そんな決まりはありませんので、それは自分自身の考えや好みではなく、他人が言ったことにそう思わされているだけですよね。

 

・一般的に(他人の意見だと)キーを下げて歌うのは負けである

…これも誰かが言っていた一意見であるか、自分の勝手な思い込みであって、それに怯えているだけです。

 

 

このように、自分の本来の意思や望みの「外側にあるもの」によって

勝手にそう思わされている状態を「他人軸」と言います。

 

 

他人軸で思わされているので、この場合の「好き」は、

「まやかし」ですよね。

 

そういうのを僕は「まやかしの好き」と言っています。

 

 

 

そういう「まやかしの好き」によって「こうしたい」と思っていても、本来の意思とは違うものなので、

なかなか叶わなかったり、

思うようにならなかったり、

上達しにくかったりします。

 

 

「自分はこうすることが好きなはずなのに(こうしたいのに)、どうしてこうならない(上達しない)んだろう…」

 

と感じることがある場合、

それは「まやかしの好き(したい)」の可能性がありますよ。

 

 

それに気付く方法としては、

上記で挙げた例のように

 

「こう思われたい」

「こうであるべきだ」

「こういうものだ」

 

と思っているものに関しては大体まやかしです。

 

 

また、練習していたり、歌っている時に、

 

・つらい、苦痛である

・おもしろくない、楽しくない

・無理をしている

 

と感じた場合、

それは「まやかしの好き」で動かされている可能性があります。

 

 

大事なのは、その「まやかしの好き」に気づくこと。

まずは「あ、これは他人軸なのかも」と自覚できるだけでも充分です。

 

そしたら、「まやかしの好き」で動かされていること、

つまり、なかなかうまくいかなかったり、

苦痛だと感じているものを、

いったんやめてみてください。

 

そうすると、本来の「好き」が見えやすくなっていきます。

 

 

「本来の好き」で動いている時の方が、スムーズだし、うまくいくし、

何より自分がちゃんと満たされますよ。

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