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音楽歴〜中学生後編〜


中学生前編」に続き、中学の時のバンド活動の話の続きから。

女性ボーカルが加わってから、僕がベース、そしてキーボード、ドラムの4人でしばらくスタジオに入ってました。

でもやっぱりバンドでギターサウンドがないのは味気ない!

ということで、ギターを入れようということに。


まだ中学生ということもあり周りにギターをやってる人がなかなかいなかったので、当時流行っていた「バンドやろうぜ」(通称:バンやろ)という雑誌のメンバー募集欄にハガキを送って掲載して一般公募しました。

なかなか応募が来なくて、結構何回かハガキを送って、何ヶ月かにわたって掲載してもらったんですよね。

(今のようにインターネットがない時代はこうやって頑張ったものでしたw)


そしたらそれを見て連絡して来てくれた男の子がいて、僕らとしたらもう待ちに待った応募だったので一緒にスタジオ入って一発OKですよねw

その人にギターとして加入してもらって、ようやく5人でバンドの形に。


実はそこでちょっと不思議な偶然がありまして。

そのギターの子は僕らより学年が一つ上で別の学校に行ってた人だったんですが、僕らの学校の同級生にも同じ苗字の人がいて、なんとなく雰囲気が似てたんですよね。

で、よくよく話を聞いたら偶然にもその同級生の子のお兄さんだったっていう!お互いビックリ。

なんて世間は狭いんでしょうか。。

特に音楽っていうのはこういう「世間は狭いねー!」的なことが本当によくある業界です。



しばらくその5人でコピバンしてました。

休日になると立川のスタジオに入って、合わせて、スタジオで録音した練習音源聴いて、反省会して、お互いいちゃもん付け合って、出来をノートに書いたりして、今思えば相当入念にやってました。

数えきれないくらいスタジオ入りました。

しばらくはスタジオでただ合わせるのを楽しんでたんですが、やっぱりライブやろうということになり、そのスタジオに併設されていたライブスペースを貸し切ってライブすることに!


それが中3の終わりから高1にかけてくらいでした。

いきなりワンマン。

だてにスタジオ入ってたのでレパートリーが結構あって、やった曲は結局全部で20曲くらい、時間にして2時間くらいかな。

今考えたら、場所貸切ってワンマンで全曲暗譜してこれだけ通してやるって、16歳とかの割になかなかやるよねw


ちなみにバンド名は「Heckle and Jeckle」でした。

なんでそれになったかと言うと、みんなでさんざん悩んだ挙句全然納得する名前が出てこなくて、たまたま僕が持ってたペンケースに描かれてたよく分かんないアメリカのアニメキャラクターの名前がそれ。

で、「これでよくね?」みたいなノリでそのままそれになった気が・・w


しかし、日本では大して有名でもないキャラだし英語で書いてあるから、そもそも読み方がよく分からんと。

「ハックルアンドジャックルでよくね?」みたいなノリでなんとなく怪しみつつそんな感じで呼んでました。


バンドもそのライブ後は、なんとなくゆる〜くスタジオ入ってまた曲合わせたりしてましたが、その後またライブすることはなく、自然消滅。

そのタイミングでそれぞれが高校生になっちゃって(ギターの子は一つ上だったので先に高校生になってたけど)、色々環境も変わってきちゃったしね。

でもなんだかんだでそのメンバーとは20年以上たったいまだに繋がってるという。

ありがたい話ですよ。

「あなたにとって音楽とはなんですか?」って聞かれたら僕は、

「人と人とをつなげるもの」だと思ってます。



ちょっと話は戻りますが、中学2年生くらいの頃から作詞作曲も始めたんですよ。

なんか仲良い友達の間でちょっと流行りみたいになってて。

「こんな詞書いてみたよ〜」、「見せてー!」みたいな日常が繰り広げられてました。


僕は曲作りにも興味があったので、せっかくコードも勉強したことだし、曲も色々作ってました。

生まれて初めて作った曲をいまだに覚えてます。

音源としては残ってないからうろ覚えだけど、メロディーとコードは覚えてます。

詞は恥ずかしいから忘れたな〜w



で、人生で2曲目くらいに作詞作曲をした「再見」っていう中国風の曲を、のちに大人になってから始めたボーカルユニットでやることになったんですよ。

作った当初は自分が歌うことは想定してませんでした。

そもそも自分がボーカルっていうイメージがまだなかったので。

せいぜいバンドでベース弾いてる時にコーラスするくらい。あと、カラオケ行くくらい。

だからとりあえず曲として作ってみたっていう。いつかなんかの形に出来たらいいかなくらいで。



結局その、のちに組んだボーカルユニットでは僕も歌うことになり、その音源なら今でもネットでも聴けちゃいます!

こちらのmuzieのVOEMページから楽曲の「再見」を聴いてみてください。

ド頭から僕の若〜い未熟な歌声が聴けますw

(この歌は23〜24歳くらいの時に録ったものですが、曲自体は中学生の時に作ったものです。)



そういえば、Heckle and Jeckleのバンドの時も、1曲だけオリジナルを作ってライブでもやったんですよね。

僕が作曲して、ボーカルの女の子が作詞をした曲。

音源は残ってないな〜。(たぶんどっかにはあるのかもしれないけど。)

意外と名曲だった気がするんだけどw

これもコードとメロディーは覚えてます。



そんなこんなで僕は主にバンドでベースを弾きつつ、ちょっとコーラスとかハモリをやりつつ、作詞とか作曲をやってた中学生時代でした。

カラオケ行くのは好きだったのでよく歌ってはいましたよ。

当時、ちょうどカラオケボックスが出始めたころで、まだレーザーディスクとかそんなレベル。

しかも、部屋代と別途に1曲100円とか取られてたレベル。

それでもガンガン歌ってたな〜。

それこそ友達の間でビブラートを入れることが流行って、やれどうやって練習してるとか、やれどうやったら出来るようになったとか、そんな話をしてました。

僕は、チャゲアスの「Say Yes」でビブラートのマネをして必死にやろうとしてたら、そこからなんとなく出来るようになりました。

こんな感じで。




要所要所に素敵なビブラートが入ってるでしょ。

ビブラートの練習を家で「あ〜〜〜〜」ってしてたら、親に「あんた大丈夫?」って言われましたw


だから当時は歌を本格的にやってたとかじゃないけど(当時はボイトレなんてものも全然一般的ではなかったし)、カラオケではよく歌ってました。

だからその頃からビブラートは出来てましたよw


高校生編」へ続く!


2015/8/28

ワイドボイス
ボイストレーナー 吉田研吾


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